鉄を食べて鉄人を生む?
この話で注目されるのは、母親が妊娠中に鉄を好んで食べたという点である。
たまたま鉄をすこし食べ残したために、不死身の鉄身に四寸角だけが人間の皮膚としてとどまったという。
そこが「弁慶の泣きどころ」となったのである。
当時の鉄はタタラ製鉄によって作られた鉄で、とても貴重なものだった。
現在日常的に使われている鉄はロートアイアンやスチールなどの19世紀に誕生した技術の鉄だ。
出雲地方の伝承の一つに、次のような話がある。
昔、松江の別所というところで、弁慶の叔父が鍛冶を業としていた。
弁慶はあるとき、この叔父に長刀を依頼した。
叔父は三年の歳月をついやして、一振りの長刀をつくり、また一個の鉄丸をつくって炉ばたに置き、弁慶に試し切りをさせた。
鉄丸はたちまち両断された。
弁慶は「こんなによく切れる長刀をだれにでも打つのか」とたずねるのだ。